研究概要 |
本研究の目的は、19世紀前半のフランス、特にパリの労働者を中心に、その社会意識と社会改革の理念の形成のメカニズムを解明することにあった。この点に関してW.H.スーウェルSewll jr.は、七月革命後労働者は新たな運動を展開するために大革命期の自由主義的言語を取り込むことで、伝統的な職人意識を階級意識へ転化させ、また社会改革の理念としては、生産手段の共有に基づく協同生産という社会主義の定式を採用した、と指摘した(“Artisans,Factory Workers,and the Formation of the French Working Class,1789-1848")。この指摘を批判的に継承するものとしてここで本研究が問題としたのは、労働者はいかにして共和主義者・社会主義者の理念を受容したかである。たとえば労働者新聞L'Artisan紙は「社会の最も多数で有益な階級は、労働者階級である」としている。彼らはサン=シモンの語法に「有益な階級」という表現をつけ加えた。つまり読み替えた。民衆は思想家の用語をそのまま受け入れるのではない。彼らは後の文脈でなぜ「有益」かを、熟練工としての彼ら独自の労働観に関連させて説明しているのである。 基本的史料は労働者の手による小冊子と新聞記事であり、前者は20点ほど検討した。また、労働者新聞L'Artisan,La Ruche Populaire,L'Unionの全記事のタイトルを扱われた問題毎に分類した。新聞記事は膨大な量にのぼる。今回は特に労働者の労働観との関連で、経済認識・社会意識を分析したが、社会改革の理念については十分にまとめきれなかった。今後はこの問題を含めて、労働者独自の労働観、社会観、生活意識との関連で、諸思想潮流の理論の受容と民衆思想の形成についての検討を続けていきたい。
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