研究概要 |
本研究は,一連の実験を通して,「主語」(ある行為・動作の主体)が明示されていない文(これを,「空主語文」と呼ぶ)を我々日本語話者がどのように理解しているのかを追及したものである.まず,語順に関係なく「主語」の優位性が明かとなった.さらに,文末動詞の出現以前に何らかのトップダウン的判断がなされていることが明らかとなった.また,被験者に与える課題を再認課題から再生課題へと変化させると,明確な主語優位現象が見られなくなることが実験的に検証された.こうした一連の心理実験の結果を考慮すると,処理の時間的経過とともに,トップダウンからボトムアップへと処理のシステムが遷移していくことによって,効率の良い処理を行っていると考えられる.これは,心的活動の経時的変化を反応レパートリーという心的状態変化によって捉えることによって説明可能となる. さらに,言語処理のメカニズムがどのように脳神経生理学的な基盤と結びついているのかを解明することにより,言語処理とはどのような認知的プロセスであるのかを明かにすることを目的とした研究への端緒をひらこうとした.言語処理に関する研究はここ数年,様々な研究分野との共同研究という形で進んできた.特に,最近の脳科学研究の進展に伴って言語処理の研究も新しい局面を迎えようとしている.従来,低次・近感覚に属する語(触覚の「冷たい」)で高次・遠感覚に属する語(視覚の「色」)を修飾する方向に従った表現(冷たい色)は理解しやすいが,逆に高次・遠感覚に属する語(視覚の「赤い」)で低次・近感覚に属する語(触覚の「手触り」)を修飾する方向に従った表現(赤い手触り)は理解しにくいことが知られている.こうした理解度の差が,言語処理中の被験者の脳波にどのように反映されるのかを調べる実験を行った結果,理解度の差によって,処理の場所が異なることが明らかになった.
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