研究概要 |
旧ユーゴ国際刑事裁判所(International Criminal Tribunal)および国際刑事裁判所(International Criminal Court)と国家管轄権との関係に関する分析から、以下のような知見を得ることができた。 1, 国家管轄権に対する優先性(primacy)を与えられた旧ユーゴ裁判所は、その後の判決・決定等において、その性格をより強く主張してきている。裁判所の命令が国家法の介在なく個人に対して直接に効力を持つことを認め、さらには国内実施立法によって裁判所の活動が実質的に阻害される場合には、裁判所による直接的な行動(現地捜査、証拠収集)等ができるという立場をとるようになっている。 2, これに対して、各国家は、伝統的な国際司法共助の枠組みの中で実施立法を制定しており、国内法制度内における裁判所の絶対的な優位性を認めているわけではない。裁判所の管轄権の範囲、被告人が犯罪を行った蓋然性等を国内裁判所が判断するなど、一般的な犯罪人引渡制度と同様の原則を裁判所との関係においても採用している国が多い。この意味で、裁判所の優越性・直接性は、国内実施立法によって変型されていることになる。 3, 国際刑事裁判所は、補足性原則を採用したことにより、旧ユーゴ裁判所よりも国家管轄権を考慮した制度となっている。しかし、その審議過程の分析から、この補足性の要件が精緻になり、実質的に国内裁判の実効性を審査する上級裁判所の役割が与えられるようになっていることが明らかとなった。しかし他方で、国家の協力義務は、安全保障の考慮等いくつかの例外を明文で規定しており、この点で旧ユーゴ裁判所よりも後退している。 今後は、国際刑事裁判所に対応した各国の国内実施立法を分析することによって、国家管轄権との関係をより動的に把握する研究に取り組む予定である。
|