研究概要 |
本研究はクロム(Cr)のスピン密度波(SDW)状態の磁気励起および光励起を現実的な電子構造に基づいて議論し,SDWに対する理解を求めることを目的として着手された.中性子錯乱の測定において示唆されている通常のスピン波以外の磁気励起,光の反射率から観測されるエネルギーギャップ,あるいは,光吸収スペクトルの磁気ニ色性についての定量的な議論を通じて,SDW状態の電子構造の特性を明らかにするのが当初の目的であった.ところが,近年のCr系人口格子の作成技術および実験手法の著しい発展とそれらの実験の活発化により,これらのCr系人工格子のSDWの第一原理計算による研究を中心に据えざるを得ない状況となり,当初目的の研究は遅滞している.このため,当初目的の達成には至らなかった.しかしながら,このCr系人工格子のSDWの第一原理計算による研究についてはかなりの成果を挙げたといえる.純粋CrのSDWの場合と同様に,この第一原理計算は世界に類を見ない規模の計算であり,先駆的な研究である.また,この成果として,鉄/クロム(Fe/Cr)人工格子における層間磁気結合の振動とSDWとの関係を説明できたことは特筆すべきことである.Fe/Cr人工格子では,強磁性Fe層間の磁気結合がCr層の厚さによって振動するが,この振動はある厚さで位相のずれを生じる.この位相のずれがCr層でのSDW秩序の出現に対応すること,また,人工格子でのSDWが純粋CrのSDWとは異なった性質を有することを理論的に示すことが出来た.この結果はSDW状態の電子構造の理解という観点だけでなく,人口格子の電子構造の理解という観点からも意義深いものであり,今後の研究,たとえば,常磁性金属/Cr人工格子のSDWの研究を通じて,その解析がさらに発展するものと期待される.
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