研究概要 |
代表者らは1995年頃にピコ秒指紋領域赤外吸収スペクトルの測定に成功しているが,感度等の点で十分とは言えず,適用範囲が限られていた。本課題では,ピコ秒指紋領域赤外分光装置の感度向上,自動化を進め,光物理化学的に興味深いいくつかの分子電子励起状態の測定を行い,その構造に関して情報を得るのが目的であった。まず感度向上については,装置のいくつもの細かい点での改良に加え,本質的に信号強度を増加する新たな手法である偏光異方性ヘテロダイン検出法を考案し,その有効性を示した。その上でこの手法を用いて,2,3の分子について溶液中の指紋領域過渡赤外吸収スペクトルを測定した。まずトランススチルベンのS_1状態の過渡赤外吸収をアセトニトリル及びヘプタン溶液中で測定し,以前に測定されている同過渡種のラマンスペクトルと比較してその分子構造について検討した。ヘプタン中のS_1状態では対称中心をほぼ保った構造を持つのに対し,アセトニトリル中ではわずかに中心対称性が崩れていることを示唆する結果が得られ,極性溶媒中で分極した構造が安定化することが考えられる。関連する構造を持つ分子として,ジフェニルアセチレンの電子励起状態についても過渡赤外吸収の測定に成功した。次にS_1状態で強い分子内電荷移動を起こすと考えられている,4-ジメチルアミノベンゾニトリルのアセトニトリル溶液中のSl状態の過渡赤外吸収を測定し,その分子構造について検討した。フェニル基炭素原子-ジメチルアミノ基の窒素原子間の結合の伸縮振動によると思われる強い吸収帯が単結合振動領域に現れ,この結果はC-N間がS_1状態で単結合的であることを示唆する。
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