本研究の目的は、遷移金属中心が関与する反応のメカニズムを明らかにするために、弱い結合を持つと予想される化合物を選択的にしかも直接検出するための装置を開発することであった。本年度は、昨年度(主に装置の設計および製作)に引き続き、真空紫外(VUV)レーザー1光子光イオン化飛行時間型(TOF)質量分析装置の性能試験および改良を行い、含遷移金属化合物のTOFスペクトルを測定し、弱い結合の関与する遷移金属化学への応用の可能性を検討した。1.(広い波長領域でのVUVレーザー光の発生)主にKrを非線形媒質とする二光子共鳴四波差周波混合によって、120nmから180nmの広い領域にわたる波長可変VUVレーザー光源(線幅約0.40cm^<-1>以下)を開発した。2.(装置の性能試験)パルスジェットとしてイオン化室に導入されたベンゼンC_6H_6の一光子イオン化を用いて、装置の性能試験、調整および改良を行い、TOF-MASS分析計の分解能は理論値に近い150amuであること、スペクトルの線幅は主にエネルギー分解能によっていることを確認した。3.(C_6H_6の光イオン化スペクトルの測定)C_6H_6のイオン化しきい値(134.1nm)近傍の光イオン化によりフラグメンテーションの全く無い親イオンだけのTOFスペクトルを観測することができた。4.(遷移金属カルボニルの光イオン化スペクトルの測定)Cr(CO)_6(I.P.〜8.4eV)の146nm(8.49eV)の光イオンを用いてのTOFスペクトルを測定し、親イオンCr(CO)_6^+のみが生成することを確認した。以上の結果は、弱い化学結合を持つ化合物でも、断片化の無い質量分析が本装置で可能なことを示唆しており、今後弱い結合が多く関与している遷移金属化学をすすめていく上で、極めて有用であると期待できる。
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