研究概要 |
有機ラジカル結晶の強磁性体が1991年に発見されて以来、国内外で多くの有機強磁性体の開発が行われている。しかしながら、その強磁性発現機構をミクロな視点で解明する研究はほとんど進んでいなかった。本研究では、特に高速マジック角回転法を用いたH-,D-,13C-,19F-固体高分解能NMRを、有機磁性結晶(nitroxide,nitronylnitroxide,iminonitroxide)18種について測定した。これより等方的なフェルミコンタクトシフトを求め、磁性体結晶の構成分子の各原子上に現れる電子スピン密度を実験的に決定し、結晶内での磁気的相互作用のメカニズムを明らかにした。さらにこれらの磁性分子の孤立状態や2量体、3量体などのクラスターモデルの電子状態を密度汎関数法(UBLYP,UB3LYP)により計算し、実験結果との比較検討を行った。 その結果、有機磁性結晶内での磁気的相互作用のメカニズムとその原子レベルでの経路について、以下の事柄が特に重要であることを示した。また、本研究を磁性金属を含む磁性結晶や、水素結合・電子(電荷)・格子相互作用系へと展開した。 1 おもにニトロキシド基にある不対電子軌道は、超共役によりニトロキシド基のラジカルサイトを保護しているメチル基の一部の水素原子にまで及び、この水素原子上にラジカルサイトと同じ符号のスピンが現れること、さらに同一のメチル基の他の水素原子上にはスピン分極効果により逆符号のスピンが現れることを、4-hydroxyimino-TEMPOの粉末結晶を例に取りD-MAS-NMR測定より実験で明らかにした。このため、メチル基を介した磁気的相互作用は強磁性的にも反強磁性的にもなりうる。メチル基の配向の制御が磁性制御には重要である。 2 水素結合を重水素化した6種類の異なる水素結合角を持つ水素結合性有機磁性結晶について高速マジック角回転D-NMRの測定を行い、水素結合を介して強磁性的相互作用が働くこと、さらにこの強磁性的相互作用は水素結合角度が90度に近いほど強く働くことを実験的に示した。 3 スピン分極による磁気的相互作用経路上に非共有電子対を持つヘテロ原子があると、スピン分極の伝達は抑えられ、強磁性的相互作用が弱くなる。 4 スピン分極を強く引き起こす共役電子系へのNなどのへテロ原子の導入効果は、分子の立体構造の変化と同程度の影響をスピン分極機構に引き起こす。
|