研究概要 |
1979年以来,熊本県天草下島の富岡湾砂質干潟では,ベントス群集のkey speciesであるハルマンスナモグリ(甲殻十脚目)個体群が爆発的分布拡大を起こし、長い間高密度の状態が続いてきた.しかし,本種個体群は1995年より凋落し始め、1999年には1979年の水準に戻った.これは1995年から急増したアカエイの基質撹乱と捕食による影響と考えられた.ハルマンスナモグリは強力な基質攪拌作用により多くの種に負の影響を与えていた.そのなかには,群集のもう一つのkey speciesである巻貝イボキサゴが含まれ,1986年に絶滅した.しかし,本種個体群は1997年より回復し始め,1999年まで順調に増加している.有明海-橘湾-東シナ海沿岸水系の砂質干潟メタ個体群の分集団(富岡湾干潟個体群を含む)は,浮遊幼生を通じて互いに交流している.富岡湾干潟と他の干潟個体群のソース-シンク関係を,対象水系の海洋構造と関連させて調べた結果,(1)2日以内の幼生期間をもつイボキサゴの場合は,強い潮流による速やかな幼生輸送により相互的であり,富岡湾干潟個体群の回復は有明海に残存している個体群に負っていること,(2)3-4週間の幼生期間をもつハルマンスナモグリの場合は,平均流動場の影響により富岡湾干潟個体群はソースにしかならないこと,が明らかになった.有明海の干潟では,ハルマンスナモグリの棲めない生息場所条件があり,さらに前面海域での本種幼生の少なさがイボキサゴ個体群を存続させていた.近年,ハルマンスナモグリの個体群爆発は対象水系各地の干潟で起こったが,その起点は富岡湾干潟個体群であった可能性がある.その際に幼生期間中の生残率が上昇したこと(例えば、海域の富栄養化による広域的ボトムアップ効果)が根本原因として示唆された。また,アカエイの最近の急増も広域的であり,各地域群集に対するトップダウン効果も示唆された.これら2つの効果の実証は今後の課題である.
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