研究概要 |
生体系における反応場としての脂質二分子膜や細胞表面糖鎖,あるいは自己増殖機能の本質を担う核酸などは,化学量論的な反応特性と自己組織的な媒体(メディア)としての特質を合わせ持って,その機能を発揮している.本研究は,それらが形成する生体内ミクロ環境場の認識と評価を行うための化学プローブ(Reporter m olecule)を,新奇な分光学的機能を有する金属錯体系の開発をもって確立しようとすることにある.本研究で着想した“新奇な分光学的機能"とは,環境場認識を検知可能な特異的信号へと変換する役割を担うものであり,(I)長波長近赤外領域における光吸収,(II)室温長寿命発光(リン光)である. (I-a) Ni,Pd,Pt-1,2-ジアミノベンゼン誘導体キレートの近赤外領域吸収に対して,界面活性剤ミセル溶液,人工二分子膜やリポソームの疎水的環境が顕著な増強効果を示すことを見出し,これらの錯体が有する「疎水的環境」認識件機能を引き出すことに成功した. (I-b) 「疎水的環境」認識の機構論を水溶液物性(構造形成・破壊,疎水的水和等)との関連から検討した.キレート周りの疎水的水和構造が破壊される尿素溶液においてキレートの近赤外吸収が増強されることから,ミクロ環境場認識応答の本質がキレート-水間の相互作用にあることを推定した. (I-c) 新たなO,N配位型近赤外発色機能配位子として, Bis(2-hydroxyphenyl)amine誘導体を見出し,Mg,Zn,FeおよびCuなどのd^8金属系(Ni,Pd,Pt)以外の多種にわたる疎水場プローブキレート提供の可能性を示した. (II-a) 室温リン光性Pt(II)キレート,7-iodo-5-sulfo-8-quinolinol(フェロン)錯体のミセル溶液中における発光を検討し,ドデシルマルトシドなどの糖鎖を親水基とするミセルが顕著な増感効果を持つことを発見した.これは細胞表面糖鎖の認識とも関連して興味深い. (II-b) 8-キノリノール誘導体-Pt(II)のミクロ環境プローブとしての高機能化の一環として合成を行った、大きなπ電子系をもつ4-Hydroxyacridine(4HA)が,優れた発光性キレート(ex.396nm,em,448nm)を与えることを見出した.また,この錯体が牛胸腺DNAと相互作用して発光が増感されることも確認しており,DNAインターカレーターとしての機能の発現が期待される.
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