研究概要 |
カイコ絹糸腺は,繭の主成分である絹タンパク質を専ら生産する組織で、前部・中部・後部の三つの部位に機能分化している。すなわち後部絹糸腺はフィブロインを,中部絹糸腺はセリシンを合成・分泌する。前部絹糸腺はこれらの絹タンパク質生産には与らないがプロトンポンプ(H+-ATPase)であるV-ATPaseが存在することから,腺細胞の水分調節や絹タンパク質を貯留する腺腔のpH調節に関与していると推定した。本研究では絹糸腺細胞のV-ATPaseによる能動輸送系の実体を明らかにすることによって,絹糸腺の水分調節・浸透圧調節の機構,さらに腺腔pHの調節を通じての液状絹タンパク質の溶液内構造・物理化学的性質への寄与について考察し,カイコの吐糸生理の分子機構を解明しようとするものである。 1. 中部絹糸腺細胞におけるV-ATPaseの免疫組織化学 5齢幼虫期における急速な絹糸腺の肥大成長は,絹タンパク質の合成・分泌と並行しており,その主たる部位は中部絹糸腺である。組織の大きさからも圧倒的に主要な部分である中部絹糸腺におけるV-ATPaseの解析を行なった。V-ATPaseの免疫組織化学から,中部絹糸腺細胞の腺腔側表層にV-ATPaseの分布を検出した。前部絹糸腺細胞と同様の分布を示したことから,絹糸腺は電気化学的電位差を形成する生理的仕事を絹タンパク質の濃縮・貯留と関係して腺組織全体で遂行していることを伺わせた。 2. 中部絹糸腺細胞V-ATPaseタンパク質の同定 中部絹糸腺においてV-ATPaseのタンパク質としての性状を調べるために,特異抗体を用いて検出を試みた。V-ATPaseのいくつかのサブユニットを同定することができ,先の免疫組織化学の結果を確認した。 3. 絹糸腺における水チャネルの同定 細胞内外への水の輸送は,水チャネル(Aquaporin,AQP)と呼ばれるタンパク質が水の通路として機能している。水チャネルの存否を確認することはH+の能動輸送が,いかなる生理作用を行なっているかの一つのマーカーとなるので,AQPをタンパク質レベルで同定することを試みたところ,中部絹糸腺においてAQPを購成するポリペプチドを同定することができた。絹糸腺全体の水分調節の働きを理解する上において,V-ATPaseのみならず,AQPを追究することが今後重要となることが明らかになった。
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