研究概要 |
スギは西日本の日本海側地域において,約12万年前の最終氷期初期から優勢で,最終氷期最盛期に最も分布域を縮小したが,後氷期に再び,分布域を拡大した。しかし,中国地方中部だけは,後氷期にスギ林の拡大は認められなかった。この理由を解明するため,中国地方西部から近畿地方にかけて,最終氷期に及ぶ堆積物を採取し花粉分析を行った。さらに,放射性炭素年代と火山灰年代学に基づき,年代を決定した。その結果,最終氷期におけるスギの逃避地と後氷期以降の拡大過程を解明することができた。 中国地方中部では,氷期の海面低下のため,この地域の海岸線が隠岐島までおよび,現在の沿岸付近や中国山地中部は内陸的な乾燥した気候下にあった。隠岐島から得られた堆積物の花粉分析結果から,隠岐島には,最終氷期最盛期にスギの逃避地があったことが明らかになった。晩氷期から後氷期の温暖化による海面上昇によって,隠岐島周辺は水没し,スギの南方への分布拡大は困難であった。そのため,中国地方中部では後氷期中期まで,スギの増加が認められないと考えられた。 さらに,既往の花粉分析資料と本研究による新たな花粉分析資料をまとめて,西日本における1.8万年前,1.1万年前,8000年前,6000年前,4000年前,2000年前のスギ花粉の出現率を示した。その結果,最終氷期最盛期に少なくとも若狭湾沿岸と隠岐島に逃避していたスギは,後氷期に分布域を拡大し,後氷期中期には近畿地方北部,中国地方東部日本海側,中国地方西部日本海側で優勢となった。さらに,約2000年前には,わずかな気温低下と湿潤化によって日本海側の低地でスギ林が広がり,また山地上部にまで分布を広げた。
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