研究概要 |
河川環境保全に関する研究は,都市が立地する下流域からの検討事例が多く,上流域農林業による環境保全機能を適正に評価してきたとは言いがたい.わが国の山岳・中山間地域においては,豊かな自然環境と農林業などの水・土地利用が混在・展開しており,上流域での水・土地利用が有する環境保全機能を解明することは極めて重要である. 本研究は,天竜川上流の遠山郷を対象として,山村農業での水・土地利用から見た流域環境の保全機能を解明することを目的とした.遠山郷の代表的集落:下栗地区で,地形・気象・土壌条件の観測と試験を行うと同時に,作付方法・作付体系,農業技術の現地調査を実施した. 調査結果から,耕地の大半が25〜40度の勾配で,高標高という悪条件ではあるが,南斜面の好気象条件に恵まれる特徴が判明した.しかし,様々な作物栽培下での土壌流亡試験によれば,作物植被が土壌浸食に対して常に有効とは限らず,大きな強度の雨の場合,その効果が薄いと考えられた.よって,下栗の急傾斜地農業では,土壌流亡に対して細心の注意を払い,(1)等高線栽培や等高線に沿った畝立などの技術,(2)刈り草や作物体による耕土マルチングの土壌流亡防止技術,(3)流失耕土を鍬や背子等で持ち上げる耕土回復技術,(4)耕土の団粒化を促進し,地力の増進と同時に,耐食性の強い土壌作りなどを平行して日常的に利用している.これらの種々の土壌や耕地に対する伝統的な保全技術の適用とその生業形態に支えられて,細々ながらも持続的な農業生産が続けられ,このことが上流域の保全に大きく寄与していることが明らかになった. 農業センサスの調査結果の分析によると,天竜川上流域の山村の高齢化・過疎化に伴う耕地放棄・荒廃化が急速に進行しつつある.しかも道路網の整備,大規模開発も懸念される状況において,伝統的な土地利用技術やその体系を生かす総合的な上流域保全策が緊急な課題である.
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