研究概要 |
海馬内情報処理過程が視床下部(上乳頭核)からの入力によって修飾されることが報告されてきたが、この視床下部-海馬人力系が海馬内シグナル伝搬をどのように制御するのか、側頭葉てんかん発作波発生やその結果として生ずる海馬神経細胞障害をも制御できるものかどうかはまだ不明なままであった。本研究では、平成9年度に、1)海馬歯状回に海馬内シグナル伝搬をon/offするゲート機構が存在し、このゲート機構が視床下部(上乳頭核)からの入力のあるなしによって遠隔制御されていることを明らかにした(Saji,M.et al.,Soc.Neurosci.Abstr.,1997)。平成10年度は、カイニン酸誘発てんかんラットモデルを用い、2)この視床下部-海馬入力を遺伝子局所導入により長期にわたって促進あるいは遮断することによる歯状回ゲート機構のon/off操作が、カイニン酸誘発扁桃体てんかん発作による海馬神経細胞障害をどのように変容するかを調べ、海馬神経細胞障害発生の機序を検討した。先ず視床下部-海馬入力を長期(1-2週間)にわたって持続的に昂進させるために、神経終末シナプスにおいてトランスミッター放出を抑制的に制御するシナプシンIのアンチセンスDNAをラットの視床下部上乳頭核の神経細胞にカチオン型HVJ・リポソームベクターにより局所導入した。アンチセンスDNA導入から3-4日後に、0.4mg/200nlのカイニン酸をアンチセンスDNA注入部位と同側の扁桃体に注入して側頭葉てんかん重積発作を誘導した。カイニン酸注入後48時間で、ラットは潅流固定され、得られた海馬切片にニッスル染色が施された。ニッスル染色された海馬神経細胞の生存率の解析から、側頭葉てんかん重積発作による海馬神経細胞死の程度と神経細胞障害の海馬内分布を調べた。結果として、シナプシンのアンチセンス局所導入による視床下部-海馬歯状回入力の持続昂進は、海馬肉てんかん発作伝搬を増強し、海馬錐体細胞障害を海馬CA1-CA3全域にわたり軽度か中程度に障害される障害パターンから海馬CA3a領域のみ細胞がすべて消失する重度の(CA1領域はむしろ軽度になる)障害パターンに変容させた。この海馬錐体細胞障害の昂進増悪効果から、視床下部-海馬入力の持続昂進による海馬内シグナル伝搬の促進はてんかん発作波の発生を増強し、その結果として錐体細胞障害を昂進増悪させたものと結論される。また、てんかん重積発作による海馬錐体細胞障害発生において、海馬錐体細胞の脆弱性は、個々の細胞の性質だけでなく神経回路におけるその細胞の位置にも依存していることが明らかになった。
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