研究概要 |
本研究は,義歯装着者に特有の咀嚼運動様式を解明することにより,義歯装着者にとって咀嚼しやすい食品のデザインを目指すものである.平成8年度は,義歯装着者の咀嚼運動様式を解明するために,X線造影剤を添加した寒天およびゼラチンゼリーを健常者に咀嚼させてX線映画撮影を行い,咀嚼運動様式の変化を観察した.軟らかいゼリーの場合には,被験者は舌と硬口蓋による圧縮で粉砕を行い,口腔後方部へと移送して嚥下するが,硬いゼリーの場合には,歯列部に移送した後,咬断によって粉砕し,口腔後方部へと移送して嚥下した.これらの結果より,ヒトは,摂取した食品のテクスチャー(硬さ)に応じて咀嚼運動様式を変化させていることが判明した.平成9年度は,義歯装着者の咀嚼運動様式を解明するために,健常者の硬口蓋を口蓋床で被覆して擬似的な義歯装着状態を創出し,口蓋の被覆が咀嚼運動様式にあたえる影響を,前年度と同様の方法で検討した.その結果,硬さの異なるゼリーを咀嚼させた時,いずれの硬さにおいても,口蓋床を装着した場合には,食品の捕捉から粉砕開始までの時間の延長,咀嚼回数の増加および嚥下開始までの時間の延長が観察された.さらに,食品の粉砕方法を圧縮から咬断へと変化させるのに必要な硬さの閾値が低下した.一方,ゼリーよりも硬いクッキーを咀嚼させた場合には,口蓋床の有無による咀嚼運動様式の違いは認められなかった.以上の結果を総合すると,口蓋床装着者では,特に軟らかい食物を咀嚼する際の咀嚼運動様式が変化した.この変化は,口蓋床によって摂取食品のテクスチャーを認知するべき切歯乳頭部近傍が被覆されたことにより,摂取食品のテクスチャー認知機構が阻害されたことによると推察された.
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