研究概要 |
近年、咬合力や咀嚼に代表される口腔機能は人々の健康・維持にも大いに関与していることが社会的に認識されはじめている。食物を咀嚼するということは単に消化・吸収を助けるだけでなく、顎口腔系機能の発育や口腔内感覚器官を介して脳の活性化をもたらしている。例えば小児においては咀嚼筋活動の減少は顎骨の成長に影響を及ぼすし,高齢者のなかでは歯牙を喪失して咀嚼能力が低下すると骨吸収がおこることから骨粗鬆症をもたらす可能性も考えられる。スポーツ領域においては顎口腔領域の様々な機能と身体全身機能や運動能力との関係について深い関心が寄せられている。本研究では体育学部男子大学生を対象に顎口腔系機能と身体運動機能(骨密度,筋のH反射)との関連性について検討した。その結果 1)骨密度を目的変数に、重回帰分析をおこなうと顎運動機能との間に正の相関関係が得られた(p<0.05)。特に下顎下縁長は骨密度と正の相関(p<0.01)を示した。2)咬合機能を説明変数とした重回帰分析では骨密度と咬合機能(咬合力,咬合力バランス)との間には有意な相関関係は認められなかった。しかし,本実験では下顎下縁長と骨密度との間に有意な正の相関関係を得ている。下顎骨の発達には咀嚼筋の影響を強く受ける。したがって顎骨が発達している学生では骨塩量も高いという本実験結果は間接的に咀嚼機能と全身骨密度が関連していることを裏付けると考えられる。さらに3)咬合力バランスの改善にはボリカーボネイトを用いたバイトプレートタイプのマウスプロテクターが有効であった。一方、加熱重合型シリコーンを用いたソフトタイプは弾性に富み歯や歯根膜に与える違和感が少ないため咬合力を著しく増大させた。4)下顎安静位(上下顎歯が接触する寸前の状態)と比べて最大随意性咬合力(最大の力で噛みしめた時)を発揮したときの方が、ヒラメ筋H反射の促通量は増加した。しかし、この噛みしめを継続させるとむしろH反射は減少した。5)マウスプロテクターを装着する方が装着前と比較し,噛みしめ時のH反射促通量の増加が顕著であった。この理由としてはプロテクターを着用することにより閉口時の咬筋筋紡錘や歯根膜の圧受容器からの入力に変化が生じ、ヒラメ筋の脊髄単シナプス反射が変調したと考えられる.本研究によって,咀嚼力に影響を及ぼす顎骨の発達したものほど骨塩量が高いこと,プロテクター装着による顎口腔機能の変化は筋出力系に影響を及ぼすことが観察された。
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