研究概要 |
本研究において,以下のことを行った. (1) 戦前の数学教育史料の整備 大正・昭和初期の数学教育関連雑誌(『日本中等教育数学会誌』,『数学教育』,『学校数学』,『算術教育』等)に掲載された論文のデータベース「数学教育関連論文データベース」(総数約6000件)を作成した.また東京及び広島高等師範学校附属中学校著作の文部省検定済教科書の一覧表(総数99冊)を作成し,そのうち38冊の所在を確認した.さらに明治19年以降の初等・中等教育数学科教育の関連法令集を整理した.これらは今後の数学教育史研究の際に基本的な史料として利用できるようになった. (2) 大正・昭和初期の幾何教授実践の分析 当時,中等学校の幾何教授の発展に寄与した黒田稔と国元東九郎の幾何教授に関する史料を収集・整理し,その幾何教授論との関連で両者の幾何教科書を分析した. (3) トロイトライン(P.Treutlein,1845-1912)関連史料の収集と分析 トロイトライン関連の史料については19世紀後半に出版された教科書,ドイツの数学教育に関する報告書,雑誌論文等を収集整理した.今回はじめて国内に存在するトロイトラインの主要な史料が整備された. 以上のことから得られた知見は以下の通りである.今日の小学校・中学校の図形指導の教育法令上の始まりは昭和6年の中学校教授要目に示された「幾何図形」であるが,その基本的発想は大正期の黒田稔・国元東九郎の幾何教授に見いだすことができる.両者の幾何教授に影響を与えたのがドイツの幾何教授であった.特に国元東九郎はトロイトラインの「幾何学的直観教授」(1912)を参考としながら,「直観幾何教授」(大正14年)を組み立てた.トロイトラインと国元との比較を通して明らかになったことは,両者には「幾何学」のとらえ方に根本的な相違があり,このことが両者の幾何教授の違いに顕著に現れているという点である.日本の伝統的な幾何教授とは異質なトロイトラインの「幾何学的直観教授」の全体像を明らかにすることが今後の課題である.
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