本研究の目的は、低線量放射線に対する生体応答のうち、最も注目されている放射線適応応答の分子機構を明らかにすることである。放射線適応応答は、現象的には、染色体異常の誘発に対して最も典型的に現れる。cGyレベルの極微量の放射線を事前に照射された細胞では、その後の放射線照射によって誘発される染色体異常の頻度が、著しく減少する。一方、染色体異常の直接的損傷因は、DNA2重鎖切断であると考えられている。そこで、低線量で誘発される少量のDNA2重鎖切断を鋭敏に検出・定量できる方法として、単一細胞DNA電気泳動法を導入して、低線量放射線により、DNA2重鎖切断の修復が亢進されることを実験的に検証した。 放射線適応応答を示すことが明らかなチャイニーズハムスターV79培養細胞に、5cGyのX線を照射の後、4時間培養して適応応答を発現させた細胞に5Gyを照射し、その後2時間にわたり、中性条件下でのに単一細胞DNA電気泳動法を行い、DNA2重鎖切断の修復動態をDNA損傷画像解析システムを用いて検討した。その結果、極低線量の事前照射により適応化した細胞では、明らかにDNA損傷の修復促進がみられた。この修復促進は、特に、復早期に顕著であり、残存DNA損傷量も軽減していた。 さらに、同様の実験系において、この低線量放射線照射によるDNA損傷の修復促進は、放射線類似物質であるネオカルチノスタチン処理によって誘発されたDNA損傷に対しても交叉的に作用することが明らかになった。 これで、少なくとも、極低線量放射線の照射によるDNA損傷の修復亢進が、放射線適応応答に深く関与していることが実証されたと考えられる。
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