研究概要 |
1. 目的:生体物質への放射線作用の基本的メカニズムを理解するための有力な手段として,多数のモンテカルロ電子飛跡構造コードが独立に開発されている.この研究の目的は種々の飛跡コードに用いられている水分子の断面積データについて,相互比較 ・評価を行うことである.とくに,入力データや物理的化学的仮定の違いが放射線影響における生物物理モデルの出力に対して,どの程度影響を与えるかに焦点を当てた. 2. 方法:断面積の組合せの変化が出力(飛跡)に及ぼす影響を観察するためのツールとして筆者らになる水蒸気コードKURBUCを用いた.KURBUCの入力断面積として,全電離2種,全励起4種,全弾性散乱3種および二次電子スペクトル5種のデータを選び,これらをいろいろ組み合わせて計算を行った.入力データに対するコードの感受性は,他のすべてのパラメータはそのままに保ちながら,一組の断面積のみを交換するという方法で調べた.作られた飛跡の物理特性(相互作用頻度とポイントカーネルの動径分布)の違いをテストした.この際,各々の組合せにおける電子衝突阻止能を求め,断面積の内的一貫性をチェックした.種々の組合せに対する阻止能のばらつきは10%以下であった. 3. 断面積データ:全電離断面積は数種の実験値を最小自乗フィットし,モデル関数で近似した.二次電子スペクトルは種々の理論(Jain-Khare,Born-Bethe,Gryzinski,Kim-Rudd)によって計算した.全励起断面積および平均励起エネルギーについてはParetzke,Olivero et al,Zaider et alらによってまとめられたデータセットを用いた。全弾性散乱は数種の実験値を最小自乗フィットし,モデル関数で近似した. 4. 結果と考察:飛跡構造に最も影響を及ぼす因子は電離断面積とりわけ二次電子スペクトルであることが明らかになった.一方,励起と弾性散乱についてはいかなる断面積も飛跡構造に顕著な差を生じなかった.放射線影響研究における理解は飛跡構造コードを用いることによって得られてきたが,より正確な断面積セットを開発することが現在の理解のレベルを飛躍的に変革するかどうか明らかではない.結論として,液体水コードも含めて異なる断面積を用いているいろいろのコードは大きいサイズのターゲットにおいては類似した結果を与えるが,DNAサイズのターゲットでは顕著な差を示す.粒子シミュレーションにおける物理学や計算手法は,すでに十分に発達した段階にあるといえる.今後はイオン等電子以外の粒子に拡張していく必要がある.
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