研究概要 |
低エネルギー中性子線の生物作用のエネルギー依存性については、世界的にみてもきわめて報告は限られている。我々は広島大学の生物照射用の単色中性子発生装置(HIRRAC)を用いて、細胞致死および突然変異の誘発をV79細胞で検討した。突然変異の誘発はヒポキサンチン-ホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)遺伝子の突然変異を6-TG耐性を指標として検出した。 実験に用いた中性子線のエネルギーは0.32,0.57,1.2MeVである。中性子線の対照放射線としては、Cs-137のガンマー線を用いた。 細胞致死効果は従来の報告を支持する結果であり、中性子線のエネルギーが1.2,0.57,0.32MeVと低くなるに従い、RBEは10%生存率を基準にすると、各々5.7,6.7,7.6と増加した。一方、突然変異の誘発は、中性子線ではガンマー線に比べ大きな誘発効果が観察されたが、調べた3つの中性子線のエネルギーでは、0.57 MeVが最も大きな突然変異の誘発が観察された。中性子線の突然変異のRBEは、1.2,0.57,0.32MeVのエネルギーで各々9.7,19.4,13.9であった。さらに突然変異実験で得たHPRT変異クローンを回収し、HPRT遺伝子の9つのexonに起きている欠失を多重PCRで解析した。その結果はガンマー線に比べ、中性子線ではすべてのexonの欠失しているクローンが多く、とくに突然変異誘発効果の大きい0.57,0.32 MeVの中性子線で特にそれが多い傾向が観察された。このことから中性子線の引き起こす損傷の質が、ガンマー線のそれとは異なるばかりでなく、中性子線のエネルギーの違いによっても質的に異なる損傷が引き起こされ、それが中性子線のエネルギーの違いによる突然変異誘発率の差異にも反映するものと考えられる。
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