研究概要 |
ホメオダイナミクスは,中枢神経系,自律神経系,体性感覚,内分泌系など複数のサブシステムに関係する.心拍リズム,歩行リズムなどは,これらのサブシステムの活動状態を反映した可観測量であり,これらの可観測量の計測から,逆に生体のホメオダイナミクス発現のメカニズムを解明することが本研究の課題である.これら3つのリズム現象に共通の性質として,動的安定性が挙げられる.これは,系の状態は時間的に変化しているが,その変化している状態が外的摂動に対して安定であるといった安定性で,非線形システムに特徴的な性質である.課題を達成するためには,こうした性質をもつ非線形システムの同定とその機能的役割を明らかにする必要がある.本研究ではこの線に沿って,以下の研究を行なった. 1. 上記の生体リズム現象の動的安定性の評価.ここでは,2つの具体例について検討した.一つは,計測データに基づく歩行運動リズムの動的安定性の評価およびモデル化である.実験データに基づいた動的安定性の定量的評価に関する研究は少なく,この意味で一定の成果が得られた.もう一つはモデルを用いた心臓拍動リズムの動的安定性とその崩壊に関するシミュレーションである.心臓拍動の通常の安定性の崩壊は,不整脈の発生(すなわち,通常と異なる動的安定な状態への遷移)を意味しており,シミュレーションの結果は,ホメオダイナミクスに特有の現象を例示している.これらの研究成果は,いくつかの技術報告で発表し,現在学術論文として投稿中である. 2. データの背後にある未知非線形システムの同定(モデル化).ここでは,時系列データから背後にある未知非線形システムをモデル化する解析手法の開発を行なった.開発した手法の有効性を実際の心循環系の計測データに適用する前にいくつかの既知の非線形システムの数値データを用いて検証した.非線形系では,系のパラメータの値が変化すると,上記の不整脈発生のように,ある動的に安定な状態が不安定化し,他の安定な状態に遷移することがある.このとき,実験的には,定性的な性質が異なる時系列データが得られるが,このような複数の定性的性質の異なるデータから,実際に変化したパラメータによってパラメータ付けられた形でシステム同定を行なった.結果は,国際学術誌2編に発表した. 3. 動的に安定な状態をとることの機能的意義の考察.特に,歩行運動に伴うエネルギー消費量の推定を行なった.様々な負荷を与えることで,動的に安定な様々な歩行状態(歩容)を実現・計測し,各場合の力学的エネルギー消費を推定した.現在,結果に基づき,動的安定状態の変化とエネルギー消費量の変化の相関を考察中である.
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