平成十年度には、次のような研究を進めた。 まず、赤世自在、幻化網次第聖観自在の成就法について、テキスト校訂と翻訳の研究を行った。サンスクリットのテキスト校訂については、バッタチャルヤ校訂本を底本としながらも、バッタチャルヤが使用しなかったサンスクリット写本(東京大学所蔵写本(四本)、京都大学所蔵写本(一本)、ネパール考古局内文書局所蔵写本(一本)、仏教文庫所蔵マイクロフィルム転写の写本(二本))を用いた。また、チベット訳のテキスト校訂については、北京版、デルゲ版、台北版の『西蔵大蔵経』を参照した。これらの文献学的研究を行うことにより、バッタチャルヤ校訂本では解読できない箇所について、解読できる異読を見い出した。次に、バッタチャルヤ校訂本に含まれていない観自在の成就法が、京都大学所蔵写本(一本)、ネパール考古局内文書局所蔵写本(一本)、仏教文庫所蔵マイクロフィルム転写の写本(一本)に見い出され、これらについてもサンスクリットとチベット訳のテキスト校訂と翻訳を行った。その結果、この成就法には、三界制御助自在が説かれており、その図像や表出方法は、バッタチャルヤ校訂本に収められた三界制御世自在の成就法のものとは大きく異なることが分かった。この新たに見い出された成就法所説の図像は、フーシェ、マルマン、バッタチャルヤ、マイゼツアール等による、インド後期密教の図像学研究においても知られておらず、今回の研究によって、従来の研究に新たな資料を提供することができた。 以上の研究成果の一部は既に平成十年度日本仏教学会にて発表した。未発表のものについても、今後、学術雑誌等において発表する予定である。
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