研究概要 |
静止した対象に手を伸ばす運動(ポインティング運動あるいは把持運動)には,まず対象の位置や距離,大きさを視覚的に分析し,その分析結果に適合するような運動プログラムを選択,実行する過程が含まれている。この間中枢においては,視覚座標(網膜座標)において物体の特徴を計算し,次にそれを身体座標に変換しなければならない。この座標変換問題は,脳が解かなくてはならない不良設定問題の1つであるが,視覚系と運動系の座標系(準拠枠)の解離を示すことで,行動学的に座標変換の時空間的特性を示すことが可能である。前年度においては,3次元のMuller-Lyer錯視図形に対する把持運動(指の開きの大きさ)を分析することで,この準拠枠の解離を示す例証を得ることを目的と実験を行ったが,統制条件の設定など方法論的な問題が課題として残った。 H10年度においては,対象の長さが誤って判断されるMuller-Lyer錯視図形の交点に対するポインティング運動を取り上げ実験を行った。(1)運動開始と同時に図形が消去される条件と(2)図形提示に引き続き遅延が導入される条件とが設定され,それぞれ統制図形に対するポインティングとの誤差が比較された。その結果,遅延導入により誤差は錯視図形による歪んだ知覚に強く影響を受けることが明らかとなった。このことは,遅延により参照する座標系が消失する場合,運動系の準拠枠が認知系の準拠枠にアクセスしやすいことを意味するが,視覚系と運動系との解離を示すのか,視覚系において位置と長さとが異なる表現をされているのかについては更なる検討を要する。なお,本研究成果は第63回日本心理学会において研究発表の予定である。
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