研究概要 |
ヒトの視覚情報処理系において,外界において遮蔽されて不可視な領域がどのように処理されどのような表象が形成されているかは未解決のままである.また,こうした視覚機能の発達的変化についても解明されてはいない. そこで,発達的見地と計算論的見地から,3次元立体の遮蔽された不可視領域に関する視覚的情報処理を乳幼児と成人とを被験者とした精神物理学的実験によって検討し,発達的見地および生態光学的観点を含めた計算理論を構築することを試みた. 大型ディスプレイに2次元線画図形を呈示し,遮蔽された部分に関わると考えられる領域において光点検出になんらかの違いがないかを,成人を被験者として検討した.その結果輪郭線が交差している図形領域付近で,遮蔽される輪郭が手前の物体の向うで延長しているという考えられやすい部分において,違いがありそうなことがわかったが,これが高次中枢における遮蔽部分の表象による問題なのか,末梢受容器における影響なのかを分離することは困難であった.ただし,これは,より明確な結果を得ることができる刺激条件による定量化によって解明されるものと考える.見えの質的差異の定量的な記述については今後の検討課題である. 奥行き感として直感的に明らかになる両眼視差手がかりを含む刺激図形を用いて,遮蔽事態のシミュレートを行った場合,刺激図形中における光点検出の違いは,個人差が大きく,また,個人内でも変動が大きく,明確な分析結果を得ることができなかった.乳幼児の遮蔽知覚の実験結果はある意味で明確であり,今回の実験結果を合わせて考えると,成長に伴って,遮蔽に関する「知覚」に何らかの情報処理過程が追加されているという解釈も可能である.直感的体験と,精神物理学的測定法による測定結果との溝は未だに大きい.これが埋められることによってこそ,後付けではない視覚過程の生態光学的分析が可能になるはずである.
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