研究概要 |
本研究は、人間の文理解メカニズム、特に日本語文理解様式の特性を明らかにすること、また、欧米言語で既に得られた知見と日本語におけるデータとの異同を比較言語心理学的見地から検討し、より普遍的な文理解モデルの提案と実証を目的に行われた。 まず平成9年度では、反応時間測定法による実験を行い、文中の目的語の有生性がガーデンパス効果(文理解途上で生起する特定の読み誤り)の程度に影響することを明らかにした。この結果は、従来の欧米言語に基づくモデルでは予測され得ない新しい発見であり、ここから、日本語の理解過程も視野に入れた新たなモデルを定立した(予測可能性モデル,伝・井上,1997:井上・伝,1997)。これは、先行句からの予測可能性(予測の広さ)が人間の文理解をガイドするひとつの情報として用いられるという、日本語の構造的特性にも見合ったモデルである。 そこで平成10年度においては、このモデルの妥当性を検証するための実験研究を行った。同意を得た実験参加者(以下同)113名について、文章完成法による予測分布の調査を行い、分布の広がりの異なる文刺激材料を得た。次いで、この刺激を用いた語句への語彙性判断時間と上述のガーデンパス効果を測定する実験を行い、モデルの予測に一致する処理時間の差違が認められた(実験参加者のべ40名、各実験では、反応時間測定法、眼球運動測定法などの測定法が多角的に用いられた)。すなわち、先行する項目からの予測範囲に基づく処理負荷の違いが、文解釈の決定およびその保留をガイドすることを示す結果が得られた。以上の知見から、人間の文理解機構では、英語等の研究で重要視された言語学的主要部(動詞など)の語彙情報だけに依存するのではなく、先行する多重の語彙的制約情報を利用した、予測的な読みが行われていることが示された。
|