研究概要 |
1年目は,主に16世紀後半から17世紀初頭に多く刊行された。民衆的な小冊子である『カナール』 (瓦版)を採り上げ,そこに於ける悪魔の表象に関し分析を施した。瓦版の悪魔は,神の敵という側面を希薄にしており,専ら神の「エージェント」として,天の怒りを人間にもたらす存在へと変貌を遂げている。そのため, 「黒衣の男」として登場し,極めて残虐な「肉体的」刑罰を人間に加えている。ある意味で「人間的」な「暴力装置」として機能しており,魂を狙う伝統的な悪魔像は,ほぼ姿を消しているのである。また,医師ジャン・ヴァイヤーの「魔女論」にも分析を施し,この書が従来言われてきたように,魔女狩りの中止を訴えた「人道的」な書であるという固定観念を括弧に括り,その多様な側面を明らかにした。特に,数々のノンフィクションを差し挟んでいる点で,魔女論というジャンルでは,極めて異色な存在であることを明らかにできたと思われる。 2年目は,ヴァイヤーの論敵として,常に激しい非難を浴びせた,16世紀後半のユマニスト,ジャン・ボダンの「魔女論」を主に採り上げた。ボダンのこの書は,帰納法的論理学を基に著された,厳密な意味での「論考」であり,魔女撲滅を狙った扇動的な文書であるという定説を覆すことができたと思われる。また,ボダンが,従来異端の範疇に括られていた魔女から,その宗教的な側面を徐々に剥ぎ落とし,刑事犯として裁こうとしている点も明らかにした。ボダンは,魔女の問題を.国家という観点から把握しており,国家を神の怒りから護るために,世俗の裁判権を重視したのである。尚,以上の研究成果は,約2年間に亙る雑誌『ふらんす』での連載(「悪魔のいるルネサンス」)及び1999年3月に東京大学に提出した博士学位論文という形に結実している。
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