研究概要 |
最終年度である平成10年度は前年平成9年度に得られた心理物理実験データをもとに数理モデルを用いて実験結果を整理し,各現象を説明可能な感覚統合過程の数理モデルを同定することを試みた.解析は研究代表者がこれまでに複数の異なる心理物理的な知覚現象を統一的に説明することに成功している「スカラ加算モデル」を用いて行われた.前年度得られた知覚運動協応課題における空間位置知覚のずれと眼球運動の有無による上肢軌跡のずれの心理物理現象に関して,能動運動・受動運動の違いによる影響をこのモデルを用いてシミュレーションした結果,従来,能動運動・受動運動による影響として扱われてきた現象が実際には,異種感覚間統合における情報処理系の違いの現れであり,「得られた情報をどの運動部位に反映させるか」という行動目的ごとに異なる感覚統合過程が用いられていることが明らかになった.これに伴い,上視運動と眼球運動の間の相互作用を検証するに当たって,運動指標を視覚から入力してきた従来的な実験方法に対して,触覚から運動指標を入力する対照実験を行うことで対称性の高い比較を行う.ことが必要であることが予測された.そこで従来的な視標追従課題に加えて,2次元リニアモーターによる触標提示装置を用いた触標追従実験課題において心理物理計測を行った.この結果,上肢と眼球による同時追従運動中の跳躍性運動の発現潜時にその違いが現れること,2つの実験における追従指標の感覚入力経路の違いがその発現潜時を変化させる現象が見いだされた.これをスカラ加算モデルによって解析した結果,異種感覚間統合における情報処理系の切り替えは,先述の行動目的だけではなく「どの感覚入力から得られた情報を運動部位に反映させるか」という感覚入力の違いによっても引き起こされることが明らかになった.
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