研究概要 |
本研究は,発話に関与する調音器官の運動特性を運動生理学的な実測に基づいて明らかにし,そのモデル化について検討を行うものである.調音運動の時間構造を把握するためには,運動を良好に表現できるモデルを見い出し,音韻環境,発話速度等の変化に対するモデルの振る舞いを調べる,ことが有効と考えられる.前年度までの研究で,舌,下顎,口唇の調音運動が縦続一次系のモデルで良好に近似できることを見い出した. 本年度の実験では,成人男性を被験者として,普通の発話(Normal)と速い発話(Fast)とで計測された調音データにモデルを適用し,近似の可能性とモデルの振る舞いについて検討した.近似では,計測された調音データの速度とモデルのインパルス応答波形との残差を最小とするように,モデルのパラメータ(振幅A,時定数T,および入カ時刻T_<in>)の最適化を行った.調音運動位置の近似誤差(残差標準偏差)は,NormalとFastでそれぞれ0.23mm(近似区間700ms),0.35mm(近似区間1180ms)と小さく,発話速度の変化にも対応できる縦続一次系モデルの柔軟性が確認された. このように縦続一次系モデルが調音運動を良好に近似できるので,モデルから推定される入力時刻を調音入力時刻と定義し,その振る舞いについて検討した.今回の被験者の場合,普通の発話から速い発話への調音様態の移行は,運動指令時刻間隔の短縮という観点で説明できることがわかった.但し,短縮の度合いは一様ではなく,母音と子音区間とで違いが認められた.また,時定数に比べてモデルの振幅が顕著な減少を示し,速い発話への移行は調音入力時刻の接近とモデルの振幅の減少によって主に実現されていることが分かった.
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