トリフルオ口メチル基が直接結合しているカルベン種は、薬理活性天然物の機能向上を目指した含フッ素アナログ及び機能性材料合成に重要であると考えられるが、非常に不安定な活性種であるためにこれまでその有効な調製法が開発されていなかった。本研究はその等価体である遷移金属カルベン錯体の創製法について研究するものである。特に合成化学的有用性を考えて、トリフルオロメチル基及びアミノ基を有するカルベン錯体の合成に照準を絞っている。これまでの研究成果を以下に示す。 (1) 従来法を用いる目的化合物合成の試み 遷移金属カルベン錯体(非フッ素系)の合成法として確立されているFischerらの手法に倣って目的のカルベン錯体を得ることを試みた。すなわちこの手法はクロム等の遷移金属錯体に対し、トリフルオロメチル基、続いてアミノ基を別個に導入するものである。実際にこれに従う多くの実験を行ったが、目的のカルベン錯体は得られなかった。これはトリフルオロメチル化求核種の反応性、安定性の低さに起因すると考えたので、次に示す手法を用いて目的錯体の合成を行なった。 (2) 前駆体を経由する目的カルベン錯体の合成 トリフルオロメチル基及び窒素官能基を有する遷移金属錯体(前駆体)を合成し、この錯体を異性化させることにより目的のカルベン錯体を得る手法を考案した。具体的に前駆体として用いた錯体は、当該研究室で開発されたハロゲン化トリフルオロアセトイミドイルをパラジウムに酸化的付加させ、得られるイミドイルパラジウム錯体である。目的のカルベン錯体前駆体に相当するトリフルオロアセトイミドイルパラジウム錯体の合成、単離に成功し、この錯体のX線結晶構造解析を行なった。この前駆体に対し、トリメチルオキソニウムテトラフルオ口ホウ酸塩を作用させてイミノ窒素原子上にメチル基を導入することにより、目的のカルベン錯体の合成が達成された。
|