研究概要 |
妊娠高血圧症(PIH)は,時には重大な合併症に発展する母子保健における最重要疾患である.本症は,複数の遺伝的要因と環境的要因の相互作用によって発症する多因子疾患と考えられている.我々は今までに,アンジオテンシノーゲン(AGT)遺伝子のM235T多型のTT型の頻度が,日本人のPIH群において有意に高いことを示し,遺伝子多型と臨床データ,質問紙調査による環境的要因の交互作用を明らかにしてきた. 今回は症例数を増やして解析を行った.初産PIH78例および初産正常対照199例のAGT遺伝子型とともに詳細な臨床データおよび生活習慣・ストレスなどの,合計100項目を同時に解析した結果,単変量解析では「AGT遺伝子TT型」を含む9項目がPIH発症に関連した.多変量解析では,それらのうち,1)AGT遺伝子TT型.2)非妊娠時のBodymassindex(BMI)が24以上,3)妊娠中食事内容に無頓着,4)妊娠中濃い味付けを好んだ,5)妊娠中の精神的ストレスの5項目が独立な危険要因として検出され,それらの複合により発症危険が相乗的に高まった。さらに,対象集団をBMIとAGT遺伝子型によって2群に分けて妊娠中の要因についての多変量解析の結果,非妊娠時のBMI<24かつAGT遺伝子TT型の群には1)精神的ストレス,2)胎教をまったくしなかった,それ以外の群には1)食事内容に無頓着,がそれぞれPIH発症に独立に関連した.すなわち,非妊娠時のBMIとAGT遺伝子型によりPIH発症に関連する妊娠中の生活習慣要因が異なることが明らかになった. 上記の結果から,分子遺伝学を応用した新しい疾病予防法,すなわち発症前の生活環境要因への遺伝子型別個別的介入の可能性が示唆された.今後,症例数を増やした詳細な解析および前向き研究による,さらなる検討が必要と考えられる.
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