研究概要 |
円滑な咀嚼運動は末梢の感覚受容器からの情報が上行し,中枢神経系で統合されることによって営まれるため,咬合・咀嚼によって生じる長期間の中枢神経系への高頻度の刺激がニューロンへの「長期増強」を起こし,シナプス可塑性を促進する要因となることが考えられる. 本研究では,記憶および学習能力の低下や老年痴呆に深く関与するコリン作動性ニューロンに着目し,以下の実験を行った. Wistar系雄性ラット60匹を用い,25週齢の時点で以下に示す10匹ずつの6群に分割した.すなわち,固形飼料にて飼育する(対照群)40週齢群と60週齢群,粉末飼料にて飼育する(粉末飼料群)同2群,臼歯部歯冠部を切除し,粉末飼料にて飼育する(臼歯切除群)同2群である.観察週齢になった時点で脳を取り出し,免疫組織化学的技法により染色し中隔核・対角帯核および三又神経運動路核に局在するコリン作動性ニューロンを算出した.さらに,電気化学検出器付き高速液体クロマトグラフィー(HPLC-ECD)にて海馬および線条体のACh濃度およびCh濃度の測定を行なった. その結果,中隔核・対角帯核におけるコリン作動性ニューロンの数は,対照群に比して臼歯切除群では,40週齢,60週齢のいずれにおいても,有意な減少が認められた(p<0.01).また,三叉神経運動路核においては,各群間に有意差は認められなかった.なお,加齢に伴うコリン作動性ニューロン数の減少は認められなかった. 海馬におけるACh濃度は,40週齢週齢の対照群に比して臼歯切除群で有意な低下が認められた(p<0.05).一方,線条体においては,40週齢および60週齢ともに,有意な低下は認められなかった. 本研究結果から,臼歯切除による咬合支持の喪失が中枢神経系への求心性情報を障害し,コリン作動性ニューロンを脱落させ,さらに,アセチルコリン合成能を低下させていることが示唆された.
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