研究概要 |
著者らはこれまでに伸展刺激に対する単離血管の機能調節機構にチロシンリン酸化が関与する可能性を示唆し、更に肺動脈組織及びその主要な構成細胞である中膜平滑筋及び内皮細胞において、伸展に伴うチロシンリン酸化の亢進を実証した。本研究で題材として取り上げたモノクロタリン(MCT)投与ラットにおける誘導型肺高血圧症の発症過程においては、肺動脈圧並びに右心室収縮期圧の増大が誘発されるため、これら組織では局所的に過剰な伸展状態が生じ、定常状態のチロシンキナーゼ(PTK)の発現レベルが正常時と異なっている可能性を想定した。そこで、最も伸展刺激を強く受ける肺動脈を中心とした循環系諸器官での各種PTK mRNAの発現を半定量的RT-PCR法により解析した。 肺動脈平滑筋細胞での恒常的発現を確認してある20種のPTKを対象としてそれらの発現を調べたところ、受容体型PTKの一種である血小板由来増殖因子受容体β鎖(PDGFR-β) mRNAの発現が、MCT投与3週経過後の肺高血圧発症群の何れの臓器でも増大していた。一方、その他の受容体型PTK(PDGF-Rα,DDR-1,Flt3,Flt4,Eph,FGFR-3,UFO等)、および非受容体型PTK(Fes,c-abl,Arg,c-yes,lck,Tec,Fak,Jakl,tyk2等)では差異は認められなかった。 一方、肺動脈組織、及び中膜平滑筋細胞では伸展によりそのチロシンリン酸化が亢進する細胞表面に存在する180-kDの糖蛋白が検出された。特異的抗体による免疫沈降の結果、これはPDGF-Rβであり、更に伸展により細胞表面への本受容体蛋白の発現量そのものが増大することが明らかになった。PDGFとその受容体系は、血管内膜肥厚や動脈硬化症等の発症に極めて関連性が高いことが知られているが、肺動脈の伸展により受容体の発現量が増大し、それがin vivo肺高血圧発症過程においてもみられたことは、内因性病因物質として位置付けられるPDGF受容体の発現が血行力学的因子の変動により制御を受け、それが肺高血圧症病態の成立過程で悪循環の仕組みとして働く可能性が考えられた。
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