研究概要 |
琉球列島北部にあるトカラ海峡は,東洋区系(南西側)と旧北区系(北東側)をへだてる境界(渡瀬線)として,第3紀末以降,陸生動物の分散を妨げてきたとされている.しかしいくつかの陸生脊椎動物は,この海峡を挟んで分布しており,このことは歴史生物地理学的,個体群分類学的に興味深い問題を提示している.本研究では,このトカラ海峡における陸生動物の分散の様式や隔離の実体を解明するべく,いくつかの陸生脊椎動物系統について,海峡周辺内外の個体群間における分化の程度を,形態や酵素蛋白支配遺伝子を指標として解析した.解析の結果,トカラ海峡を横切って分布する,ヘリグロヒメトカゲ,ミナミヤモリ,オキナワトカゲなどにおいて,海峡の両側の個体群間でほとんど分化が認められず,このエリアで洋上分散が予想以上に高頻度で生じていることが明らかになった.このことは,特に黒潮の卓越する台湾や琉球列島の他のエリアにおいても,必ずしも海峡の存在が島嶼個体群間の遺伝的交流の決定的な妨げにはならないことを強く示唆している.また海峡の両側に地理的にやや離れて分布し,かつて海峡が陸化した際の分散の名残とされることもあるいくつかの分類群については,あるもの(ハコガメ属など:化石種も含む)は海峡をはさんだ地域間で姉妹群とはなっておらず,またあるもの(ミナミイシガメ,スッポンなど)は逆にまったく差異はないものの,近年,人為的に海峡を横断した(人手によって運ばれた)ことが明らかになった.このことは,トカラ海峡が長期にわたって存在したという説を一段と強化し,結果として,上記のようなヘリグロヒメトカゲ,ミナミヤモリ,オキナワトカゲなどにおける"海峡周辺における高頻度の洋上分散"という考えを間接的にではあるが補強している.
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