本年度は、まず、19世紀中葉において内戦時の損害についての免責の主張を主導的に展開したベネズエラの国家実行を実証的に明らかにするための一次資料の入手に努めた。探索に予想以上に時間をとったため、まだ詳細な分析には着手できていないが、免責の主張を盛り込んだヨーロッパ諸国との間の通商条約締結交渉についての文書を入手しえた。 他方において、このような主張は、内外人平等原則に基づき、ラテンアメリカ諸国にかなり一般的であることも諸国国内法の検討によって明らかになった。そこで、このような国内法の淵源、すなわち通常民法典に規定される外人法の展開をより具体的に検討することが必要だと考えられた。 ラテンアメリカ諸国の立場を典型的に示すのが、1855年のチリ民法典であり、同法は、ほとんど世界ではじめて内外人平等原則を定めたものである。ところが、ヨーロッパ諸国においては、ナポレオン法典にみられるように、相互主義がむしろ有力であり、1865年のイタリア民法典がほぼばじめて平等原則を鮮明にした。チリ民法典とイタリア民法典を比較すると、前者が私人の権利を決定するのはあくまでも領域国法であるという前提に立っているのに対し、後者は、私人の権利享有自体はもともと普遍的に決定されるという立場を基礎としている。この相違が国家責任-外交的保護をめぐる両者の、ひいてはラテンアメリカ諸国とヨーロッパ諸国との対立の理論的根拠となっていることは明らかである。 このような、いわば相互主義→属地主義に基づく内外人平等→普遍主義に基づく内外人平等という外人法の展開をより綿密にあとづけるとともに、そのなかに、最初に言及した一次資料の分析などを通じて、内戦時の損害をめぐる具体的対立過程を位置づけることが、今後の課題となる。
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