研究概要 |
イオウと同族の液体セレンは、二配位の共有結合で結ばれた鎖状の高分子液体であり、半導体として振舞う。本年度の研究において我々は、数千オングストロームの極めて薄い空間に閉じ込めた液体セレンにレーザーを照射し、過渡吸収スペクトルおよび過渡電気伝導度を測定することによって、(1)光学ギャップが瞬間的に閉じ(Y.Sakaguchi and K.Tamura,J.Phys.:Condens.Matter,7(1998)2209)、(2)電気伝導度が5桁も増大し、いわゆる最小金属伝導度に近い値を示す(Y.Sakaguchi and K.Tamura,J.Phys.:Condens.Matter,11(1999)659)という興味深い現象を見い出した。この現象は、レーザー強度がある閾値を超えると突然起こるという際立った特徴をもつ。また、レーザー照射後、数十ナノ秒経つと元の状態に戻る。 よく知られているように、セレン鎖では、セレン原子の最外殻電子である4個のp電子のうち2個が原子を結ぶσ結合軌道に入り、残りの2個のp電子は結合に参画しないいわゆる非結合LP(lone pair)軌道を占める。LP電子は価電子帯の最上部を占有しており、その役割は非常に重要である。すなわち、各セレン原子の回りに局在するLP電子間には交換斥力が働き、これよってセレン鎖のコンフォメーション(らせん構造)が定まる。したがって、LP電子を価電子帯から伝導帯へと光励起することによって、鎖構造の不安定性、すなわちコンフォメーションの変化や、さらには鎖の切断や分岐等の構造変化が誘起される可能性がある。 我々が見い出した現象は、(1)LP電子の励起、(2)鎖構造の不安定化、(3)金属的電子状態の出現、というシナリオのもとに生じた光誘起半導体-金属転移の可能性が強い。今後、試料温度や試料厚みを変えた測定、さらに照射光のエネルギーを変えた実験を行うことによって、この現象が光誘起半導体-金属転移であることの確証をつかみたい。
|