研究概要 |
粘液細菌Stigmatella aurantiaca は集団で行動し、飢餓および光照射下でフルーティングボディー(子実体)と呼ばれる機能分化した構造体を形成する。これは多細胞生物で見られる光形態形成反応の原型と捉えることができる。これまでの研究で、光の情報は本菌体内において脂溶性の低分子量シグナル分子に変換され、このシグナル分子を介して形態形成反応が誘導されることが明らかとなった。今年度は、特に本シグナル分子の化学的実体を明らかにすることを目的として研究を行った。 まず本菌の培養液300Lより溶媒抽出および4段階のクロマトグラフィーによりシグナル分子1μgを単離した。本分子は約0.5nMの低濃度で暗所下において本菌の子実体形成を誘導した。次に、UVスペクトル、MSスペクトルおよび合成品との比較により、本分子の平面構造を8-hydroxy-2,5,8-trimethyl-4-nonanoneと決定した。本構造は、放線菌のブチルラクトン類やグラム陰性細菌のホモセリンラクトン類とは全く異なり、本因子が新しいタイプの細菌のシグナル分子であることが明らかになった。次に、本分子の立体構造を決定する目的で、不斉中心の5位がRおよびSの両エナンチオマーを立体選択的に合成した。バイオアッセイにおいてはR体、S体共に天然物と同程度の子実体形成誘導能を示し、生理活性面では両異性体間で差がないことが示された。さらに、光学活性GCキャピラリーカラムを用いて化学的に立体構造を決定したところ、天然物はR体およびS体の混合物であることが明らかになった。精製過程におけるラセミ化の可能性が懸念されたが、合成品を用いた実験では本精製過程ではラセミ化が起こらないことが確認され、天然物がラセミ体の形で培地中に放出され子実体形成を誘導していることが明らかになった。
|