本研究の目的は、アルフレッド・ジャリが残した未公刊草稿『アンリ・ベルクソン哲学講義』ノートを検討することにあった。研究実施計画に基づき、このノートを精査して、その内容とジャリの作品との突き合わせを行った。その分析結果を二回に分けて口頭で発表し、二本のフランス語論文にまとめた。第一論文では、心理学講義でベルクソンが提示した「意志と情熱」の図式におもに注目し、その枠組みが『絶対の愛』をはじめとする小説作品で用いられていることを示した。第二論文では、『昼と夜』の主人公の幻覚体験についての記述に、ベルクソンの知覚論と解釈妄想についてのコメントの反映が見られることを明らかにした。これらの論文の意義は、これまで具体的に検討されてこなかったベルクソン講義の影響を、具体的にジャリの言語作品に探った点にある。また、これまでジャリ研究において草稿研究を行ったものはなく、現在フランスで草稿研究が重視されていることを鑑みても、本研究は先駆的であるといえる。上記の論文で提示した以外にも、ベルクソンの哲学史講義ノートに、ジャリ作品の重要な源泉が確認できている。これらは今後の論文で示してゆく。 また本年度は、ジャリを19世紀の思想史に位置づける研究もおこない、その成果として論文を二本公刊した。これらの論文では、世紀末に復権した二つの重要な思潮であるオカルティスムとイデアリスムの反映を、ジャリの作品に確認した。第一論文では、エリファス・レヴィやその影響を受けた薔薇十字団の神秘思想と、戯曲『反キリスト皇帝』で展開される理論の突き合わせを行い、ジャリによるオカルティスム受容の詳細を示した。第二論文では、ジャリの初期作品に見られるレミ・ド・グールモンのイデアリスムからの影響を明らかにした。ジャリはいまだ文学思想史のなかに明確な位置づけがなされていない作家だが、本研究はその検討作業の重要な先鞭をつけたと確信する。
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