研究概要 |
本年度はまず溶液中の振動スペクトルと振動緩和を研究した。 赤外(IR)スペクトルを実験とシミュレーションを比較する際に半古典近似(SA)がしばしば用いられてきたがこの近似の溶液中における妥当性は検証されたことがなかった。更に、従来の古典分子動力学(MD)シミュレーションには計算コストは低いが振動周波数を過大評価するという問題がある。以上の研究背景に基づいて、本研究の目的は半古典近似とスペクトルの効率的かつ正確な計算方法の検証である。 IRスペクトルの計算方法として一般化ランジュバン方程式(GLE)、核の運動をガウス波束で表現するガウス波束法(GWP)、量子マスター方程式(QME)を用いたことが本研究の特色の一つである。ここでは、シミュレーションに用いるポテンシャルをモース関数とし、調和振動子熱浴を用いることにより半古典近似を正確に検証できた点も本研究の特色である。 ガウス波束法は量子マスター方程式とほぼ同じ振動周波数を示したことから、古典MDシミュレーションの問題点を改善すると共に、計算時間も古典MDと比べ約2倍と他の量子的手法より速いことが分かった。また、半古典近似と量子マスター方程式から計算されたスペクトルも強度以外は良い一致を示したため、半古典近似の有効性を立証できた。 続いてチトクロムfからプラストシアニンへの電子移動を研究した。 青色銅タンパク質は素早く電子移動を起こす金属酵素である。その一種であるプラストシアニン(Pc)はチトクロムf(Cf)からP700+へと電子を伝達する、光合成の中で重要な役割を果たすタンパク質である。Pcの活性部位周りの構造はひずんでおり、システイン、ヒスチジン、メチオニン(Cys,His,Met)の3種の残基からなる。Cfはチトクロムb6fの可溶性N末端部分で、膜複合体とC末端で結合している。 X線結晶構造解析からPcの構造は酸化状態と還元状態でかなり似ていることが分かっている。これは典型的な無機化合物ではCu(I)とCu(II)はそれぞれ4面体と正方構造をとることと対照的である。この小さな構造変化は活性部位が再配置エネルギーを減少させることで電子移動(ET)を促進していると示唆する。よって、再配置エネルギーの活性部位周りにある残基の位置依存性はETにおけるそれらの役割を明らかにする。以上の背景から、本研究の目的はチトクロムfからプラストシアニンへの電子移動の第一原理量子化学的手法を用いた解析である。 溶液中のPcに比べ複合体のPcではMet残基が約0.2-0.3ACu原子からの距離が短くなっている。この結合距離は植物
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