研究課題
特別研究員奨励費
本研究では、行為の主体感形成に関するヒトとチンパンジーの類似・相違点を検討した。行為の主体感(Sense of self-ageney)とは、「自分の意図したとおりに環境に働きかけることができる」、「自分の意志が行為の源である」といった、自己の随意的な運動に伴う主観的な感覚を意味する。このような感覚が生じる背景には、環境中に生じた変化が自己に由来するものなのか他の要因によって生じたものなのかを区別して認識するメカニズムが必要となる。その候補として考えられているのが、行為の結果に対する予測と実際に知覚された結果を比較照合する過程である。予測と結果が一致する場合は、自己由来であると判断される。これまでに、チンパンジーにおいて比較照合に基づいた自他判断が可能であり、行為の主体感を感じる基盤となる認知メカニズムをヒトと共有していることを示した。また、ヒトとチンパンジーでは自他判断に用いる情報の内容が異なることを示した。随意運動は、行為の"目標"と"運動軌跡"という2つの異なる次元の情報で表現することができる。チンパンジーでは、行為の目標における予測と結果の一致が自他判断の重要な要因であり、運動軌跡はあまり自他判断に貢献しないことが明らかとなった。一方ヒトではいずれの情報も有効に自他判断にもちいることが示された。本年度は、チンパンジーにおいて運動軌跡の比較照合は行為主判断にはあまり貢献しないが、運動実行時の軌道補正においては有効に用いられることを示した。つまり、暗黙的な運動制御という観点ではチンパンジーにおいても詳細な運動軌道をモニタしているということを示す。これまでの成果を以下にまとめる。チンパンジーは意図した運動と結果の比較照合に基づいた行為主判断の(「自分が行為の主体であると判断する」)メカニズムをヒトと共有している。しかし、その比較照合過程において、「軌跡」と「目標」の相対的な貢献度が種間で異なる。チンパンジーでは「運動軌跡」はあまり行為主判断に貢献しない。しかし、運動軌道の修正という文脈では、運動軌跡の情報も有効に用いられている。おそらく予測と結果に対する乖離に対しての明示的な認識(気づき)が生じる段階でヒトとの違いがあるのではないかと予想される。
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Proceedings of the Royal Society B : Biological Sciences
巻: 278 号: 1725 ページ: 3694-3702
10.1098/rspb.2011.0611