研究概要 |
1.背景 我々の長期的な研究目標は,近年提案された第一原理手法である細胞動力学理論を人体の臓器器官に応用し,臓器の形態形成メカニズムや細胞の集団戦略を理論的に解明することである.特に,糖尿病との関連から実験的知見が豊富である膵臓細胞の組織形成をターゲットとする.その為にまず,細胞内エネルギーが一定に保たれるメカニズムを解明し,堅牢なエネルギー論に基づいたミトコンドリアのモデルを構築する.次に組織形成に向けた細胞間相互作用を担う情報伝達物資の,膵臓細胞における分泌・受容機構のモデル化を行う. 2.結果 (1)ミトコンドリアが細胞内ATP濃度を一定に保つメカニズムの有力な仮説のひとつであった"feedback control theory"は,激しく変わるATP需要に十分に耐えられないことが近年の理論研究から示されている.そこで我々はATP-ADP交換体の熱力学的平衡により細胞内ATP濃度が一定に保たれるという新しい仮設を提唱した.本仮説に基づいたモデルは,100倍以上変化するATP消費速度においてもATP濃度が一定に保たれ,かつミトコンドリア数の変動に対してもロバストであることが理論研究から認められた.本論文はJournal of Theoretical Biologyに投稿され,現在審査中である. (2)膵臓細胞の情報伝達物質の分泌・受容機構のモデル化として,フィックの法則を細胞膜の境界条件に応用した情報伝達物質分泌の新しい空間モデルを構築した.本モデルをテストケースとしてGnRH分泌細胞に応用したところ,情報伝達物質の拡散性が小さい方がより遠くまで情報を伝達できるという画期的な現象を発見した.これは拡散性が小さい程,分泌細胞の近くに情報伝達物質が滞留し,より細胞発火の閾値に近い状態を維持する為,僅かしか情報達物質が伝わらなくても細胞の発火を引き起こす為に起こる.本研究成果によりSociety for Mathematical Biologyからポスター賞が授与された.
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