研究概要 |
カタボライト抑制とは生物のエネルギー生産の基盤となるコアなシステムであるが,その回路は種によって大きく異なる.今年度の研究目標は,その回路の進化的な保存性を解析する事によって,カタボライト抑制の進化的な獲得過程を解明する事であった.まず,ゲノムが解読された1,725生物種(真正細菌,古細菌,真核生物)の塩基及びタンパク質配列情報を用いて,グローバル転写因子,トランスポータ,代謝酵素,シグナル伝達経路といった糖代謝経路を構成する遺伝子群と,DNA結合モチーフ,cAMP結合モチーフ,RNAポリメラーゼ結合モチーフなどの機能ドメインについて,反復的なホモロジー検索手法とスペクトラルクラスタリングを組み合わせた独自の手法を用いて,遠縁なホモログ遺伝子を含めた進化的な保存性と各遺伝子間の相互作用の度合いを算出し,生物種毎に糖代謝制御モデルを構築した.その結果,大腸菌と酵母といった非常に遠い種間においても保存されているようなコア制御システムが予測された一方で,大腸菌と近縁な種間においても,従来報告されていたような,CRP依存型あるいはCre配列依存型といったような典型的な制御システムとは大きく異なる新たな制御システムの存在が示唆された.また一方で,昨年度までに次世代シーケンサを用いる事によって明らかにしたカタボライト抑制と関連した新規非コードRNA群についても,その進化的保存性を解析したところ,特にカタボライト抑制を支配する転写因子であるCRPやRNAとタンパク質の結合を促進するRNAシャペロンであるHfqのホモログ遺伝子と共に保存されている傾向が明らかとなった.これは非コードRNAが進化的に深くカタボライト抑制に関わっていることを示唆するものであり,いまだに大きな謎として残っている種間のカタボライト抑制システムの違いの起源を解明するための重要なヒントになることが期待される.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の研究計画では,大腸菌及びその近縁種においてグローバル転写因子について解析する事が最終年の目標となっていたが,現在までに真正細菌と古細菌,「計1,657種とヒトやマウスを含む68種の真核生物を対象とした大規模な系統解析が完了し,さらに次世代シーケンサの解析結果と組み合わせる事で非コードRNAとグローバル転写因子の新たな相互作用も示唆する事ができた.従って当初の計画以上に研究は進展したと自己評価する.
|
今後の研究の推進方策 |
ChIP-seqやSELEXといったハイスループットな実験手法と組み合わせ,本研究によって予測されたグローバル転写因子が関与する新たな遺伝子発現制御システムや,グローバル転写因子と非コードRNAの新たな相互作用の検証を行いたいと考えている.また,これまで情報学的にしか出来なかった異種間横断的な解析についてもやはり次世代シーケンサを応用することによって分子生物学な手法をもって解明し,さらに異種間のコア制御システムを比較する事によって,進化の過程においてカタボライト抑制システムがどのように獲得されてきたのか,あるいは種特異的なシステムはどのように派生してきたのかを解明していきたいと考える。
|