研究概要 |
シロアリの社会性は,コロニー内のカースト分化が適切に制御されることで維持される.コロニーの防衛を担う兵隊の分化は,職蟻と兵隊との個体間相互作用によって調節される.この分化制御は兵隊が分泌する起動フェロモンの伝達によって起こるとされるが,その詳細は明らかではない。本研究は日本最普通種であるヤマトシロアリReticulitermes speratusを材料に,シロアリ類における兵隊分化調節機構の至近機構を解明することを目指し,(1)兵隊による職蟻の発生制御の解析,(2)兵隊による職蟻への遺伝的・生理的影響の解析を主な目的とした. 兵隊分化は職蟻へのJH投与によって誘導可能である.これまでに,兵隊の存在がその分化誘導を抑制すること,その過程では兵隊の存在によって職蟻のJH量が減少していることを明らかにしてきた.しかし,兵隊の影響を職蟻に伝える行動は不明だった.そこで,職蟻-兵隊間の栄養交換行動及びグルーミング行動を観察し,兵隊の影響が伝達する経路を探った.その結果,JH処理条件下では職蟻が兵隊に対してグルーミングを行う時間が有意に増加することが示された.このことから,グルーミング時の接触によって兵隊の影響が個体間に伝達する可能性が示唆された.また,兵隊がどのようにして職蟻のJH量を減少させているのかも不明だった。そこで,兵隊分化過程で兵隊の影響を受けた職蟻と受けなかった職蟻からRNAを抽出し,リアルタイム定量PCR法を用いてJH関連遺伝子の発現量を解析した.その結果,兵隊の存在によって,職蟻において2つのcytochrome P450遺伝子,CYP4C46遺伝子とCYP15A1遺伝子の発現量が減少することがわかった.これらの遺伝子がコードする酵素はアラタ体の活性に関係があると考えられることから,兵隊の影響は職蟻のJH合成・分泌に影響を及ぼすことが考察された. これらの研究成果はシロアリのカースト分化制御機構,そして昆虫の個体間相互作用の至近機構を明らかにする上で重要な基礎的情報となることが期待される.
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