本研究では、平安和歌の表現研究の一環として、和歌表現・和歌語彙におけるジェンダー性の分析というテーマに着手した。和歌という表現形式の特質の一つに、それが詠歌主体の性-男性の歌であるのか、女性の歌であるのか-を大きく反映する文学形態であるということがある。折口信夫以来、多くの論や研究の続いている「女歌」論は、この問題を扱った研究を代表するものだが、そうした文芸論・文学論とあわせて、性差が、語彙や用語にどう現れているのか、具体的・数量的に明らかにしていく研究が一方で必要である。本研究では、「女歌」論が集中してきた恋歌だけではなく、四季歌など和歌全般に範囲を広げ、かつ大量データ処理の可能な計算機の利点を生かして、男の歌と女の歌の用語を計量的に比較し、平安和歌における、男性的な言葉の型・女性的な言葉の型を明らかにすることを目指した。ジェンダー性をもった和歌表現を抽出する分析の対象は、平安時代に成立した第一番目の勅撰和歌集『古今和歌集』とした。まずこれを機械可読形式にデータ化し、あわせて詠作者の性別を示すタグを付した。そして、本研究の最も新しい点として、和歌表現の計量分析のために、シャノンの情報理論であるnグラム統計処理と、それを日本語分析に応用した京都大学の長尾真・森信介(現IBM基礎研究所)両氏の開発した日本語語句の自動抽出プログラムを導入した。長尾・森プログラムは現代語分析に用いられたことはあるが、古典語分析、特に和歌表現分析に応用したのは本研究が最初の試みである。その結果、男性歌・女性歌から、それぞれ特有の文字列を、簡便かつ網羅的に抽出することに成功した。
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