2千万人といわれる東南アジア各国在住の華僑・華人の帰属意識が、祖国中国から居住国へと変化したのは、1950年代といわれる。新中国の成立と居住国の独立、さらに独立新政府が打ち出した国民統合政策は、中国移民の帰属意識を大きく変容させた。だが、帰属意識の変容を分析するにはこのような歴史的視点もさることながら、多様なレベルでの検討が必要で、特に50年代からの移民の重層的なナショナリズムの分析にはこれまでよりも一層の実証的な研究が必要である。本研究は、シンガポール華僑・華人の対中国意識の変容を実証的に研究するとともに、独立から今日にかけてのシンガポール政府の国民統合政策とその問題点をも明らかにしたものである。本研究においては、マラヤやシンガポールの新聞、雑誌や歴史資料(英語、華語)などを中心にできるだけ広範囲に収集した資料の読みこなしによって、政府の国民統合政策や華僑・華人の帰属意識の変容を分析するという伝統的手法が取られるが、そこにおいては、東南アジアにおけるシンガポールの特異性や政治、安全保障との関連、隣国マレーシアやインドネシアとの関係、国内の他の少数エスニック・グループ(マレー系、インド系)との関連にも注意を払った。 10年度研究の具体的成果は以下である。(1)50年代前半のシンガポール華僑・華人の対中国意識を、新中国成立の影響、非常事態宣言下でのイギリスの反共政策のなかで位置づけた。(2)南洋大学創設に対して中華人民共和国はどのような影響を及ぼしたのかを考察した。(3)独立シンガポール政府の国民統合政策の変容と問題点、特に「アジア的価値への傾斜」を分析した。
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