研究概要 |
ジヒドロニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)は生体内の重要な水素源であり、NADHが関与する水素原子、プロトン、ヒドリド移動反応におけるトンネル効果について明確な例はまだ知られていない。本研究ではNADHモデル化合物として9,10-ジヒドロ-10-メチルアクリジン(Acr-H_2)および1-ベンジル-1,4-ジヒドロニコチンアミド(BNAH)を用い、その水素原子、プロトン、ヒドリド移動反応におけるトンネル効果について系統的な研究を行なった。これまでの我々の一連の研究からNADHモデル化合物からキノン類へのヒドリド移動反応は電子、プロトン、電子の移動を経て進行し、最初の電子移動と続いて起こるプロトン移動により全体の速度が決まることがわかっている。従ってこのヒドリド移動反応の速度論的重水素同位体効果はNADHモデル化合物ラジカルカチオンからセミキノンラジカルアニオンへのプロトン移動に対するものになる。本研究では、AcrH_2およびその重水素化体AcrD_2から2,3-ジシアノ-p-ベンゾキノン(CN_2Q)へのヒドリド移動反応速度のアレニウスプロットは低温で折れ曲がることがわかった。これは、プロトン移動速度がトンネル効果のため低温領域で一定になるためであると考えられる。これらの結果を基に、本年度はさらに一連のNADHモデル化合物のプロトン移動過程におけるトンネル効果の有無について検討し、その発現条件について明らかにした。特に低温における高速反応について低温ストップトフロー法を用いて測定を行った。また、我々は、AcrH_2からクミルペルオキシルラジカルへの水素移動反応をEPR法を用いて検討した結果、ヒドリド移動反応の場合と同様にアレニウスプロットがトンネル効果のため低温領域で一定になることを見い出した。
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