研究概要 |
金属としてはFe(II)、Cu(I)、Mo(V)、Mo(IV)、Co(II)、cd(II)、Hg(II)などを用い、配位ジオメトリーや価数を変え、水素結合の寄与について調べた。NH…S水素結合の確認は結晶構造やIRスペクトル、IHNMRスペクトルにより行なった。蛋白質の結晶構造から予想されているN…S距離から水素結合の存在の有無は、距離からだけでは判定できないこともわかった。例えばジスルフィド、{S-2,6-(t-BuCONH)_2C_6H_3}_2ではアミドのNHは硫黄の方向を向いているがIRの結果から水素結合は形成していないことが明らかになった。 チオラート配位子をもつ金属錯体の金属一硫黄結合は、硫黄から金属へのπ電子供与で特徴ずけられる。同じ金属で価数のみが異なる場合、価数が高いほうがM-Sの距離が短くなることからも説明できる。このとき、NH…S水素結合は硫黄上の電子密度を減少させる。従ってM-Sは長くなると予想されたが、構造解析の結果ではこの結合距離が短いことを示している。分子軌道計算では、HOMOがM-Sの反結合性軌道にあることがわかった。これらの金属錯体ではHOMOの反結合性軌道をNHS水素結合が安定化することによりM-Sの反結合性を減少させ、結合は強くなり、結合距離は短くなると解釈した。また、共有結合性の高いHg(II)錯体では、硫黄配位子からHg(II)へのLMCTのためにNH…S水素結合は極端に弱いものとなる。 本年度、HOMOにM-Sの反結合性軌道がない金属錯体の例を見出し、金属一硫黄配位子はNH…S水素結合で結合距離が長くなることを明かとした。例えばP-450モデル錯体、[Fe^<III>(OEP)(S-2-RCONHC_6H_4)](R=CF_3,CH_3,t一Bu,OEP=octacthylporphinato)と[Fe^<III>(OEP){S-2,6-(RCONH)_2C_6H_3}](R=CF_3,CH_3)や同じタイプのGa(III)錯体では金属一硫黄距離は長くなっている。この水素結合の性格は、配位原子が酸素である[Fe(OEP)(0-2-RCONHC_6H_4)]でも同じであり、NH…O水素結合で金属一酸素結合距離が長くなる。 金属錯体の配位原子への水素結合は金属一配位原子間の結合性を変化させることがわかり、ペプチドの構造変化と連動して複雑な金属酵素反応のそれぞれのステップを安定化させたり、不安定化させたりすることが推定される。
|