研究概要 |
蛋白質の動的構造研究の一つのターゲットとして、蛋白質のガラス転移現象と蛋白質の活性発現機構の相関の解明を目指し、液体エタンによる冷却装置を新規に製作するとともに、ヒトリゾチーム結晶について低温結晶構造解析を行った。1個のヒトリゾチーム斜方晶系結晶について、113、127、147、135、152、161,170、178、190Kの順に温度を変化させ、各温度点において回折強度データ収集を行った。113〜178Kの温度範囲では1.4Å分解能190Kは氷生成温度に近いため、結晶のモザイク幅が大きくなり、データ収集は1.8Å分解能にとどまった。このエタン冷却した結晶では、低温窒素ガス冷却した結晶とは異なり、113Kで温度因子が5Å^2にまで低下する残基が観測された。また、温度上昇に応じて結晶の格子定数や蛋白質分子の温度因子に変化が観測された。特徴的なことは、147Kまで温度上昇後、温度降下させた場合、格子定数と温度因子が共にヒステリシスを示したことである。この原因としては、蛋白質分子内に微小な構造変化が147K付近で誘起され、結晶中での相互作用により元の立体構造への復帰が不可能となったためと考えられた。リゾチームの温度因子は、分子全体にわたってこの温度までは比較的単調にした。152Kと161K間では、特定のループやのヘリックスにおいて領域特異的な温度因子の上昇が観察された。さらに170Kを越えると、再び分子全体にわたる温度因子増加が190Kまで持続した。この温度領域での温度因子の増加率は、113〜147K範囲のものとは異なった。また、蛋白質の基準振動の温度依存性から予想される値よりも大きく、蛋白質の剛体的あるいは拡散的運動がその増加率を支配していると考えられた。 この他、一酸化窒素結合型光応答性ニトリルヒドラターゼ、シタロン脱水酵素-強結合阻害剤カルプロパミド複合体、ハニカム様結晶格子中の明順応型バクテリオロドプシン、抗原非結合状態の抗ダンシル抗体Fvフラグメント、プラストサイジンSデアミナーゼの結晶構造解析を行った。光応答性ニトリルヒドラターゼでは、活性中心の鉄が特殊な配位構造によって安定化され、さらに、活性中心は20個もの水分子によって安定化されていることが明らかとなった。抗原非結合状態の抗ダンシル抗体Fvフラグメントの構造解析からは、そのCDRH3が溶液中でマルチコンフォーメーショシをとることを構造解析から明らかにし、その多型構造には、水和水分子の水素結合ネットワークが深く関与することを見いだした。シタロン脱水酵素-阻害剤複合体の構造解析では、強結合阻害剤が2個の水分子を介して蛋白質に強く結合していることを明らかにし、同酵素の基質結合における特徴的なダイナミクスを予想した。また、これら蛋白質の内、低温結晶構造解析を行ったものにかんしては、その水和構造に関する詳細な解析を実施した。
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