我々の実験データーでは、多剤耐性化を示すHL-60細胞でベースラインのGluCerT、SM合成酵素、セラミダーゼ活性が親株の薬剤感受性細胞より約2-5倍程度に増加していた。この多剤耐性白血病細胞HL-60/adrを用いたセラミド代謝酵素系の多剤耐性機構への関与を示す実験結果を紹介する。ダウノマイシン3μM(感受性細胞は24時間後にほとんど生存しない濃度)処理後にアポトーシスによる細胞死は誘導されないが、GluCerT活性の阻害剤であるPMMPやSM合成酵素の阻害剤であるMS209(同時に、mdrポンプの阻害剤でもある)を単独では細胞死を誘導しない濃度で同時に処理すると、GluCerT活性やSM合成酵素活性が抑制され、その結果細胞内セラミド量が増加し多剤耐性細胞にアポトーシスを誘導し得ることが明かとなった。このことは、ダウノマイシンにより増加されたセラミドがGluCerT、SM合成酵素、セラミダーゼ活性の増強により素早く代謝除去され細胞がアポトーシスから免れる機構を各々の酵素の阻害剤を処理することで破綻させ、細胞内セラミド量増加によるアポトーシスシグナルを活性化することにより多剤耐性化が克服できる可能性を強く示唆している。 すなわち、糖鎖もしくはフォスフォリルコリンの修飾により細胞内セラミド量が増減されるステップが細胞の生死の制御機構として重要で、白血病細胞における新たな薬剤耐性機構の一つであり、臨床的見地より見るとグルコシル/ガラクトシルセラミド転移酵素もしくはSM合成酵素などセラミド代謝酵素のより特異的な阻害剤が発見されれば、セラミドシグナルを増強する薬物として効果的であり強力な多剤耐性克服剤となり得ることが期待される。従って、将来は、現在進行している薬剤排出ポンプmdrを用いた遺伝子治療と同様に、たとえば白血病患者より採取したCD34陽性の骨髄幹細胞にグルコシルセラミド転移酵素やSM合成酵素を遺伝子導入することにより薬剤耐性の造血幹細胞を作成し、これらの細胞を生体内に戻すことにより大量化学療法により生ずる造血能抑制を回避すると言うような白血病・悪性リンパ腫の遺伝子治療が可能になるかもしれない。
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