研究課題/領域番号 |
10610343
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 補助金 |
応募区分 | 一般 |
研究分野 |
日本史
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研究機関 | 調布学園短期大学 |
研究代表者 |
外池 昇 調布学園短期大学, 日本語日本文化学科, 助教授 (80249078)
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研究期間 (年度) |
1998 – 1999
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研究課題ステータス |
完了 (1999年度)
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配分額 *注記 |
2,800千円 (直接経費: 2,800千円)
1999年度: 1,300千円 (直接経費: 1,300千円)
1998年度: 1,500千円 (直接経費: 1,500千円)
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キーワード | 古墳 / 陵墓 / 文久の修陵 / 天皇 / 幕末・明治期 / 江戸幕府 / 明治政府 / 戸田忠至 / 神武天皇陵 / 宇都宮藩 / 谷森善臣 / 北浦定政 / 大原重徳 |
研究概要 |
本研究は、ともすれば考古学的な関心からのみ取り上げられがちな陵墓をめぐるさまざまな問題に、幕末・明治史の視点から取り組んだものである。ただしこれまでの陵墓をめぐる研究では、考古学的な見地からの発想による研究が多くの部分を占めている。もちろん、戦後期の歴史学にあって陵墓の問題が主として考古学的な関心から論じられてきたことは偶然ではない。日本史のはじまりを神話でなく考古学の研究成果に求めるという、戦後期の歴史教育・研究の大前提があればこそ、巨大古墳の多くが天皇陵として封印され一切の学術的営みから切り離されてきたことは、総ての歴史教育者・歴史研究者にとって大きな問題なのである。日本で最も巨大な古墳である仁徳天皇陵を文化財として次世代に教えることができない矛盾は、どこに向けたらよいのであろうか。 このような現実の中でとられる方法は二通りであった。第一は、立ち入りが禁ぜられる以前、つまり江戸時代の記録の研究である。江戸時代の陵墓に関する記録は絵図も含めて多く残されており、これらによって古墳の築造規模、内部構造、遺物の様子がおよそ判明する。これは陵墓として管理され研究することが許されない古墳に対する考古学的な関心を満足させるための、二義的ではあるがやむを得ない方法である。第二には、なぜ陵墓は立ち入りが禁止されているのか、学術研究が許されないのか、また、何時からそうなっているのかということの研究である。このような研究によってはじめて、今日の不合理な天皇陵のあり方を相対化できるのである。この二つの方法は、ともに陵墓についての研究のための有効な方法である。本研究はここにみた第二の方法による研究の基礎をなすものであり、特にデータの充実のために報告書では幕末・明治史の範囲で年表を作製して付することにした。今後のこの分野の研究の進展のために役立つことを期してのものである。
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