研究概要 |
本研究の目的は,一般音声学の知識を基盤として全てのロマンス諸言語の古い文献資料と現代の方言資料の分析を徹底的に行うことにある。特に,言語間(方言間)の音形の伝播や拡散のメカニズムを明らかにすることにある。今回,考察の中心としたのは,ラテン語子音連続/kt/で,この変化に関しては,従来,様々な説が展開されている点で興味深い。 今回,得られた個々の新しい知見,特に音形の伝播と拡散に関しては,例えば:ダルマティア語では,ptは類推による変化で,itを有する語はイタリア語ヴェネト方言からの借用語であるのに対し,固有の変化は生産的なtである:イタリア語ロンバルディア方言のtは.イタリア語ヴェネト方言またはイタリア語エミリア・ロマーニャ方言の侵入である:レト・ロマンス語のcやcはドイツ語から入って来た外来音である:スペイン語では,多くの方言において/kt/>cとなっているが,これには方言固有の変化とカスティーヤ方言の侵入という二通りの過程がある,等々の発見があるが,ロマニア全体を考察すると,/kt/>pt:/kt/>t:/kt/>tt:/kt/>itの四つの類型に分類できる。さらにit>cが生じた方言があり,これが他の方言に侵入したり,tが周辺や遠隔の方言に侵入するという音形の伝播と拡散が確認できた。 当初,想定していたラテン語子音連続/ks/は子音連続の第二要素が摩擦子音/s/であり,第二要素が閉鎖子音である/kt/と異なり,また同じく/pt,ps/は,第一要素の/p/の扱い方が/kt/の/k/と異なることが判明したので必要最小限の言及に止めておいた。今後の課題としたい。
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