英国と日本の行政組織改革を事例に、行政組織の決定制度と改革アイデアとの関係について研究した。戦後、行政組織の決定権がほぼ完全に行政府(内閣総理大臣)に委任された英国と、逆に天皇制から民主制への転換に伴って官制大権から一転、立法府かこれを行使することになった日本とは、同じ議院内閣制をとりつつ、行政組織の決定制度において対照的である。、この制度配置によって、行政組織改革は英国では単なる行政過程となり、日本では政治過程となる。戦後、行政国家から脱行政国家への道をたどる両国において、行政組織改革に関するアイデアはほぼ同じであるが、その実現に要するエネルギーには大きな差が生した。英国では、行政国家化に伴う官僚機構の影響力拡大とバランスをとるための内閣権限の強化、執政部独自の政策集団の形成など民主性を担保するための改革と、省庁再編による巨大省の編成や、小さな政府への転換に伴う政策実施組織の切離しなど能率性を高めるための方策が、順次段階的に実施されてきた。これらは臨機応変に時代の要請を汲み取ったものの、試行錯誤の側面も否定できない。日本でもほぼ同様の改革が試みられたが、いずれも80年代まで本格的に実施されることはなく、第二臨調以降世界的な脱行政国家化の流れが始まって漸く軌道にのった。行政組織の決定制度に要求される民主性と能率性のうち、民主性を重視した日本で行政組織の継続性と影響力が強まり、その結果能率性が高まった.能率性を重視した英国では、行政府内における首相の主導力が強まり政治優位の結果を招来した点が興味深い。
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